土屋公雄のブログ

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「サクリファイス/犠牲」 
 今年もまた、3月10日がやってくる・・・・・。
 10万人以上の民間人が亡くなったとされる東京大空襲から69年が経ったのだ。墨田区横網の東京都慰霊堂では、戦災と関東大震災の犠牲者を悼む春季慰霊大法要が行なわれ、式典には大勢の関係者や遺族の方が参列されることだろう。
  同公園内に「東京空襲犠牲者を追悼するモニュメント」を制作したのは2001年春だから、すでに完成から13年が経ったことになる。完成後も四季の花壇デザイン・コンペ審査や植栽監修に関わり、恒例となった犠牲者名簿納め式には、記念碑制作者としてセレモニーにも参列させていただき、モニュメント・デザインの由来や記念碑への思い、また制作時の後日談を会場に集まった遺族の方々にお話してきた。

 そこで今年も納め式を間近にして・・・・・、今朝アトリエに向かう車の中、ラジオから次のようなニュースが飛び込んできた。・・・・・その内容とは、

 東京への本格的な空襲は昭和19年11月から翌年の8月まで106回繰り返され、昭和20年(1945年)3月10日が最も大規模で、その空襲でおよそ10万人の犠牲者が出たとされているのだが・・・・・。都内で東京空襲を研究するグループが、新たに見つけた名簿をもとに3万人の犠牲者を分析した結果、その犠牲者のうち約40パーセントが子供たちだったというのだ。研究者グループは、国は当時疎開を推奨していたものの、家庭の経済的な事情や、中学生以上は勤労動員に駆り出されたりして、実際は多くの子供たちが東京に残り、犠牲になったとみられている。
  犠牲者のうち、0歳から9歳までが最も多い20パーセントを占め、ついで10歳から19歳までが18パーセントと、子供たちが38パーセントも占めていたのだ。さらに研究者は「多くの子供たちは東京にとどまらざるをえず、空襲という過酷な状況の中で力尽きるケースもたくさんあったと思われる。」と語っていた。

 いつの時代どこの国でも、戦争で犠牲になるのは弱者としての子供たちである。
今年も納められる犠牲者名簿の中には、傷ついて逃げ惑い、不安と苦痛の中で両親の名を呼びながら命尽きた子供たちがいるのだろう。

 常に思うことだが、戦争のない時代に生きられることが、どれほどありがたいことか。  
平和とは、多くの尊い犠牲のうえに築かれているのである。3月10日を間近に控え、改めてこの平和に、心より感謝したい。


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Date : 2014.02.28 Fri 13:12  未分類| コメント(0)|トラックバック(0)

  

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