FC2ブログ

土屋公雄のブログ

スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


ポッチと押して頂ければ励みになります。ありがとうございます!
kimio Tsuchiya Official Website はこちらからどうぞ

Date : --.--.-- -- --:--  スポンサー広告| コメント(-)|トラックバック(-)
「涙」
 2005年の春、僕は心の奥深いとこから溢れだす「涙」を止めることが出来なかった。その崇高な精神を今に伝える鑑真像。無言の中にも多くのメッセージを現代の我々に語りかけていた。

 東京国立博物館で開催された金堂平成大修理記念・唐招提寺展は、連日多くの来観者でごった返していた。・・・・・誰もが鑑真和上のお姿に、ひと目触れたかったのだろう。鑑真といえば、思い起こすのは井上靖の「天平の甍」である。中国・唐より11年間にわたり様々な苦難の旅を経て来朝され、奈良の唐招提寺を創建されるのだが、その長い困苦の末に目が不自由になりながらも、不屈の精神で日本への伝戒を成し遂げた生き方には、時代を超えて多くの日本人が感動してきたのである。

 この鑑真和上像、日本最古とされる肖像彫刻だが、木彫ではない。それは脱活乾漆(だっかつかんしつ)という、当時中国の、「肉身乾漆像」を真似た特殊な漆を重ねた技法によって、人物の面影を永遠に残すために作られたものである。(日本では肉身は使わず粘土を使用し、漆が乾燥後、像の背面より粘土をかき出す技法。「脱活」とは空洞の意。)
 ほぼ等身大からなる彫像は、見た目より軽く重さは約10キロ。和上が亡くなる2ヶ月前に、弟子の忍基(にんき)によって作られるのだが、そのきっかけとなるのが忍基の夢にあり、彼が見た唐招提寺の梁が折れるという悪夢に、和上の死が近いことを悟り、他の弟子たちと共に肖像制作が着手されたとされる。弟子たちの和上への想いの深さは、その彫像の正確な描写力と丹念な仕上げに見て取れる。和上ありし日の、延びかけたあごひげまでもが、一本一本丁寧に描かれ、ひげ一本もおろそかにしないとする弟子僧侶たちの思いからであろう。

 鑑真和上55歳、第一回目の出航から11年、途中何度も巨大暴風雨の直撃を受け遭難・漂流を重ねながら、6度目の65歳にして、悲願日本への上陸が達成された。・・・・・だが、その時すでに鑑真は失明していたのである。

 かつて松尾芭蕉も唐招提寺を訪れ、句を残している。
「若葉して、御目(おんめ)のしずく、ぬぐはばや」。・・・・・この句にも、過酷な旅で失明までして、日本の仏法会に貢献した鑑真への想いが込められている。「座死することを願う」と言い残し、異国で76年の波乱の人生を閉じた鑑真和上。
・・・・・その和上像の両眼は閉じられているが、閉じたまぶたの奥から涙がにじみ出るのを芭蕉は見たのである。そして、その両眼の涙を、若葉でそっとぬぐって差し上げたのだ。

 縁あってこの6月、再び鑑真和上のお姿にお会いできそうである。
尊厳の内に穏やかな表情の鑑真像を見つめる時、言葉では語れない感動に包まれ、またあの特別な涙が溢れ出すのだろう・・・・・。


ポッチと押して頂ければ励みになります。ありがとうございます!
kimio Tsuchiya Official Website はこちらからどうぞ

Date : 2009.04.04 Sat 15:54  未分類| コメント(-)|トラックバック(-)
 

  

 

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。