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土屋公雄のブログ

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会いたい
深夜のラジオから「今、あなたの一番会いたい人は誰ですか?」と言う問いかけに、思わず僕の脳裏に浮かんだのは、倉俣史朗だった。
倉俣さんが他界され、早16年の歳月が流れた。享年57歳、何とも惜しまれる死であった。今尚、告別式の冷たく悲しかった雨は、僕の身体に残っている。
彼との出会いは、僕の学生時代にさかのぼる。三年生の後期授業 設計計画で、特別講師として約3ヶ月間週一で講義をして頂いた。あの穏やかで独特な語りは、それまでに出会ったことのない感覚で、話される内容も詩的でオリジナリティーに溢れるものだった。特に子供のころの記憶をめぐる話には、心奪われ時間も忘れ聞き入ったものである。それが縁で僕は、卒業後も事あるごとに六本木の彼の事務所へお邪魔することとなり、彼が亡くなる1991年まで約15年間お付き合いをさせて頂いた。
多分彼は、僕が建築デザインに進まずアートの道を選んだことに興味を持ってくれたのだろう。アポ無しで突然事務所を訪ねても、彼は快く迎えてくれた。現場仕事で多忙な時などは、僕を車に乗せ現場へと向かい、そこで働く職人の仕事や、彼のこだわりを持つ素材について、また打ち合わせの際の指示のあり方、すべてを見せて頂いた。
アートに関しても多くの知識を語ってくれた。卒業当時の僕はアートにまったく無知であり、ボイスからアルテ・ポーベラまで、現代美術の洗礼を受けたのは倉俣さんからである。そして忘れてならないのは、90年 僕がフランス・バーシィビェール現代美術館で個展が決まったとの報告に伺った際、その美術館がイタリアの建築家アルド・ロシィ設計であることも含め大変喜んでいただき、美味しい赤ワインで乾杯したのが昨日のことのように思い出される。 今の僕には、短くとも倉俣史朗と共に過ごせた時間を持てたことは、何にも変えがたい宝物である。

倉俣さん・・・・・。僕だけじゃない、今でも多くの人があなたに会いたがっていますよ。 


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Date : 2007.04.18 Wed 00:59  記憶のかけら| コメント(0)|トラックバック(0)

  

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