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冬の或る日、僕は数日後に取り壊されるはずの家屋を見に行くことにした。
前日降った雪が轍のところでぬかるみに変わり、長靴は泥にまみれ、つま先部分は凍みるように冷たくなっていた。
目的の家屋は、浅い雑木林を抜けた小高い丘の上に建っていた。
既に、その周りに数軒あった家作であろう建物は、ブルドーザーで押し潰され、残骸の痛々しさは風景の一部に変わっていた。人影はどこにも無かった。僕はその廃屋を一回りし、裏木戸を開け、勝手口であろう扉から内部に入ることにした。
人の立ち去った家に入る時いつも感じることだが、扉を開けた瞬間、言い様の無いニオイに襲われる。それは数週間前までの生活の匂いであり、日本家屋独特の木造建築の匂いでもある。ただ新築時の木の香りとは異なった、まさに日本の家族制度における、醇風美俗としてある「家」の来歴が蓄積された匂いである。
一部雨戸が閉められていたこともあり、室内は闇に近かった。しかし目が慣れるまでには数秒とはかからなかった。足元に散乱した雑誌・新聞・玩具等、壁には「火の用心」の貼り紙、「家内安全」の御札、きっとこの日に引っ越したのであろう、日めくりカレンダーは12月6日で掛けられたままだった。襖が取り外されている為、間取りは容易に理解できた。さらに家族構成も、何となくではあるが察しはついた。引き出しの抜かれた箪笥には、樟脳の匂いが残っていた。シールの貼られた子供机には椅子が無く、二段ベッドには布団が敷かれたままだった。
今、僕の前に散乱している物は、すべてが置き去りにされた物であり、数週間前には、この名も知らぬ家族に必要とされていた物である。ただ今となっては、取り残された物たちは力尽き、すべてを放棄しているようにも見えた。その空虚な空間には、憂いだけが漂っていた。
外に出て、もう一度家屋を一回りし、建物全体が見える最初の位置に戻っていた。
師走の落日は思ったより早かった。既に家のディテールは消え、そのかたちだけがシルエットになっていた。
顕現はその直後に起こったのである。・・・・・シルエットに変わった家のかたちの中で、灰が降ったのである。炎はどこにも無く、それは雪が舞うようにゆっくりと降ったのである。灰の一粒一粒は過ぎ去った時間の結晶のように、内在された沈黙の世界で刻々と降り積もっていった。・・・・・形象は、人の心の奥で言葉以前の追憶を呼び起こすものである。まさに、その廃屋は断念において終末の姿となり、灰となって降ったのだ。
それは時間と時間の隙間で起こった、不思議な出来事だった・・・・・。
今、僕が見つめているものは、きっと僕を見つめているのだと思った。・・・・・辺りは12月の闇に変わっていた。
Date : 2008.02.07 Thu
15:19
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