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土屋公雄のブログ

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揺れ動く境界
フィンランドのヘルシンキは2000年に、「ヘルシンキ2000」と題し、さまざまな文化事業をくりひろげた。この企画は1985年以来、毎年ヨーロッパの一都市を指名し、通年で集中的に芸術文化事業を開催する「欧州文化都市」事業の一環であった。
「ヘルシンキ2000」の日本側委員は三宅理一氏と酒井忠康氏であり、日本からは7名のアーティストがノミネートされ、僕もその中の一人として参加した。
このアート・プロジェクトで我々に与えられたサイトは、都市の中心部とも言える中央駅北側一帯のテーレ湾再開発地域で、ここは操車場跡地を含む、かつての鉄道用地となっていたところである。ただ現在この一帯は公園となっており、その周辺には国際会議場や、アルヴァー・アールト設計によるオペラ劇場、さらにスティーブン・ホール設計でも有名となった現代美術館「キアズマ」などが建ち並ぶ文化ゾーンでもある。

そこで僕のプロジェクト・コンセプトとなるのだが、これまでも僕の野外プロジェクトのほとんどが現地・現場主義<サイト・スペシィフィック>である。所謂オーダーメード。
場と意味性の関係から、その作品が設置される場所の歴史性・文化的文脈の引用に重きを置き、さらにはその時代の思想・環境・社会性などを反映させ、イメージを立ち上げるのである。当然そこには、これまでの僕の経験・記憶も重なり合ってくる。

今回のケースは、テーレ湾がヘルシンキ中央駅に近く、かつての操車場跡地であったこと。さらにヘルシンキ駅は、ロシアとヨーロッパを繋ぐシベリア鉄道の終着駅でもあることから、鉄道・駅・国境といったキーワードが、イメージを孵化させる要因ともなった。また今回は幸運にも、現地より素材となる鉄道用枕木が大量に入手できることとなり、結果、作品は全長約70メーターの枕木の壁を、公園中央のなだらかな丘の上に流動的に立てることとなった。ただここで、なぜ枕木をドミノの様、視覚的に不安定で流動的な使い方にしたのかは、かつての僕の体験、そしてある事への思いからであった。
今では、ビザ検査もなくなったヨーロッパの国境も、初めて僕が渡欧した70年代は、国を越えるたびに車中あるいは国境で、パスポート・コントローラーの査証・所持金・所持品の検閲があり、国境の存在に慣れぬ僕は、その度事に不安と緊張の連続だった。さらに境壁に関して言えば、ベルリンの壁が崩壊後、あらゆる境界が消滅の方向に向かうものと楽観していたが、現実は異なる民族や宗教・思想という、不可視の境界が浮上し立ちはだかる結果となった。

人の心の中に存在する境界は、不可視であるが故に簡単に壊せるものではない。
未だ人類のみが国境という壁を構築し、結果 向こう岸に渡れないでいるのだ・・・・・。

2000年僕はヘルシンキで、ようやくこの長年温めてきた「境界」というテーマを、作品「揺れ動く境界」として具現化することに挑戦できた。・・・・・結果はどうであれ。


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Date : 2007.09.16 Sun 13:25  未分類| コメント(0)|トラックバック(0)

  

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