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土屋公雄のブログ

「プロフェッサーズ・ビューズ」 インタビュー 
Ⅰ.強い影響を与えたものについて。

 学生時代に出会った夏目漱石に強い影響を与えられたと思います。彼の「倫敦塔」の中に「世の中に何が苦しいと云って所在のないほどの苦しみはない」というくだりがあります。ここでいう「所在」とは人間の心の奥に内在した場所を意味するのですが、それがない人間が人として一番悲しいと、漱石は言っているのです。
 当時、この言葉に出逢った僕は海外に留学しており、日本という国(歴史・風土・民族・文化・宗教)について、さらに己のアイデンティティーの問題について考えていた時代です。僕にとって、この「所在とは」の問いかけは重く脳裏にのしかかり、以降僕自身が作品を作る上での動機付けとなって行きました。

Ⅱ.尊敬する人物について。

「夏目漱石、植村直巳、リチャード・ロング、戸谷成雄」

 夏目漱石からは「所在」について、「自分とは何か」について疑問を持つことを教わりました。生きることの意味は、誰かから与えられるものではなく、生きることの意味の発見は、自分自身の価値観を持つことを意味し、何が自分にとって一番大切なものかを見つければ、他者や無限の情報から振り回されることもなくなるでしょう。ただ自分の存在について疑問を持つことは最も困難で勇気のいることだと思います。
 植村直巳とリチャード・ロングからは「歩くこと」を学びました。人間どんなに迷っても、どんなに不安でいても、歩いていればどこかに着く。誰かに会える。歩かなければ誰にも会えず、どこにも行き着けないのです。特にロングからは、歩くことは生きることであり、生きることは表現であることを教わりました。
 戸谷成雄からは「彫刻、そして闘いとしての制作」について学びました。学生時代建築を学んだ僕にとって彫刻は遠い存在だったのですが、これまで数々の展覧会にご一緒させていただき、その現場で「彫刻、そして制作」についてさまざまなことを教わりました。彼の言葉は、現在の作家としての自分を支えるものとなっています。

Ⅲ.思い入れの深い書物1~3冊。またその理由。

夏目漱石文学 「心、それから、草枕、明暗、その他」

 今尚夏目漱石は国民的作家として愛されていますが、彼は決して「青雲の志」のようなものを描いた作家ではありません。彼は文明というものをシニカルに見つめ、文明が進むほどに人間は孤独となり、救われがたくなっていくことを案じていました。やみくもに前進する世の中に距離を置きつつ、その時代の本質を見つめながら人間の内面世界を描いた作家です。彼の小説の多くは自我の問題について書かれています。中でも「心」には深い共感を覚えました。

Ⅳ.作品・制作活動について、どのような存在であるか。

 漱石とは僕にとって、「所在」「自我」について疑問を抱かせた人物です。「所在」「自我」について説明することはなかなか困難なことですが、簡単に言ってしまえば「自分とは何者なのか」を自分自身に問う意識と言えるでしょう。ただこれは自己中心の考えから見つけられるものではなく、他者との関係性、或いは自己の客体化としての表現によって見えてくるものだと思います。従って僕の作品・制作活動は、自分に出会うための行為であり、自分自身の所在探しなのです。
 現代の我々は、世界的な巨大ネットワークによって毎日大量の情報を洪水のよう浴びています。現代人が一日に受けるイメージの量は、中世の人が一生かかって得たイメージの量に相当するやも知れません。膨大な情報を前に「自分とは何か」を見つけることはたやすいことではありません。従ってこの体験なき情報化の時代だからこそ、世界を水平に見るのではなく、個々を垂直に見る座標軸が必要とされるのでしょう。漱石は常にこの問いを、僕に投げかけているのです。

Ⅴ.芸大生へ

 芸術とは、人間の魂の抵抗の最後の砦だと思っています。ただ芸術が世界を変え、世界を救えると言っているのではありません。少なくとも人間の内にある人間性というものを救うことはできると信じています。常に我々芸術に携わる者には、堅くて大きな壁が幾重にも立ちはだかります。それは歴史的な壁であり、孤独と創造の壁であり、経済という壁です。これらの壁を通過するには、自らが傷つき打ちのめされることも覚悟しなければなりません。まして今の世界は、バーチャルなイメージが現実を覆いつくし、芸術はサブカルチャー化し、日常世界にとろけ出してしまっている状況の中で、かつての「大きな物語」としての美術の規範が我々を支えてくれるわけでもありません。我々は今、新たなる価値を見つけ出す為にも耐えながらこの現実世界を直視し、自己の内面を見つめることで新たなる旅に出るしかないのです。


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Date : 2009.07.01 Wed 08:49  未分類| コメント(-)|トラックバック(0)