今回の渡米目的の一つは、世界最大級とされる現代美術館「ディア・ビーコン」を訪ねることであった。
11月のニューヨークは、秋から冬に移ろいゆく黄葉を都会の中でも十分に楽しめる季節である。マンハッタン・グランド・セントラル駅から電車で北へ一時間半、車中より眺めるハドソン川沿いの紅葉は、今が盛りと色鮮やかに輝いていた。
2003年に開館したディア・ビーコンは、24万フィート四方からなる広大な空間に、アメリカを代表するアースワーク、ミニマリズムの錚々たるアーティストの作品群が常設展示された美術館である。コレクションには1960年代以降の現代美術が主流となり、マイケル・ハイザー、ロバート・スミッソン、ウォルター・デ・マリア、ドナルド・ジャッド、ヨーゼフ・ボイス、河原温、ブルース・ナウマン、ルイーズ・ブルジョワ、ゲルハルト・リヒター、ロバート・ライマン、リチャード・セラなど、それぞれが独立した展示空間に、作家の意向に忠実なかたちで展示されている。
マイケル・ハイザーの作品などは、コンクリートの床に深さ5~6メーターの穴(鉄板で囲われた)が、円錐形或いは角柱形に四ヶ所掘り抜かれたものであり、穴の縁から中を覗き込もうとすると、その緊張感に恐怖感すら感じる作品である。またリチャード・セラの作品も、厚さ7~8cmのコールテン鋼を歪んだ円柱状に曲げ、部屋全体に四点配置させ、これら四作品はそれぞれが形の異なるものであり、決して展示空間全体を一望することの出来ない巨大さで、その鉄壁は、内部もしくは脇を通り抜けようとする時、強烈な存在感で我々ギャラリーに迫ってくるのだ。これら従来のスケールを超えたミニマルなインスタレーションは、物質もしくは空間と人間の関係性を、より明快に突きつけた作品であり、60~70年代のアーティスト達が芸術表現に対し如何に貪欲であったか、その上質な作品群から理解することが出来るだろう。
この美術館は、1929年に建てられたビスケット会社ナビスコの工場を改修したものである。改修にあたってはアーティストのロバート・アーウィンと建築事務所オープン・オフィスが共同設計。アーウィンは数年かけ既存の状況を現場で把握しながら、周辺の地形や環境的特徴をリサーチし、改修の成果を高めたとされる。例えば既存工場の特質である採光を、より展示空間に活用できるよう日光の反射量を高める工夫を施し、採光量を上げることで展示空間全体をほぼ自然採光だけでまかなうなど、従来の人工的美術空間とは異なる手法で、個々のアート作品の特徴を生かすための理想的環境を造り上げている。
僕が最も美しいと感じたディテールが、建物外壁の開口部である。外壁部ガラスは既存の格子フレームを使いながらも、ガラスは新たに入れ替えられ、曇りガラスのフレームの中にところどころ透明のガラスを収めているのだ。これは外の風景を内部に持ち込みつつ、しかし内部の展示空間には影響を与えない配慮からであろう。常に会場の展示空間には柔らかな自然光が取り込まれ、われわれもリラックスしながら思い思いの作品と対峙し、ギャラリー自信が作品、空間の一部と化していた。
ディア・ビーコンのもう一つの目玉である地下展示室には、ブルース・ナウマンの初期からのインスタレーションが展示されている。ナウマンの作品はパリの回顧展も含め、これまで数多く見てきているのだが、今回70年代のインスタレーションに出会えたことは感動的であり、地下展示スペースに展開するナウマンの身体を意識化させる表現世界は、地下空間の沈黙と荒々しさをたくみに使い、ナウマン未だ健在であることを静かに語りかけていた。
昨今の写真・映像を中心とした安上がりな展覧会や、集客のためのエンターテイメントと化した国内の美術館企画からすると、ディア・ビーコンのコンセプトは対極的なものである。表現スケールの大きさから鑑賞の機会が限定されるものや、移動困難な表現形態、またその場の環境で成立する表現など、わがまま且つ、リスクの大きな作品群を展示コレクションしているのが、この新たな現代美術館「ディア・ビーコン」と言えよう。かつて磯崎新氏が提示した今後の美術館概念として、「第三世代美術館」というのがある。第一世代とは、王侯貴族が植民地から集めたコレクションを、18世紀末頃から一般市民に公開することを目的とした美術館。第二世代とは、移動可能な美術品を掛け替えていく、展示機能空間としての美術館。そして第三世代の美術館とは、作品の場所性・固有性を回復する、建築或いは環境と一体化した美術館である。
世界最大級の現代美術館「ディア・ビーコン」とはコンセプトの上からも、まさに「第三世代美術館」を実現化したもので、この活動の背後に見え隠れするアメリカという国の思いには、飽くなき芸術・文化に対する創造と欲望の深さ・したたかさを感じるのである。
11月のニューヨークは、秋から冬に移ろいゆく黄葉を都会の中でも十分に楽しめる季節である。マンハッタン・グランド・セントラル駅から電車で北へ一時間半、車中より眺めるハドソン川沿いの紅葉は、今が盛りと色鮮やかに輝いていた。
2003年に開館したディア・ビーコンは、24万フィート四方からなる広大な空間に、アメリカを代表するアースワーク、ミニマリズムの錚々たるアーティストの作品群が常設展示された美術館である。コレクションには1960年代以降の現代美術が主流となり、マイケル・ハイザー、ロバート・スミッソン、ウォルター・デ・マリア、ドナルド・ジャッド、ヨーゼフ・ボイス、河原温、ブルース・ナウマン、ルイーズ・ブルジョワ、ゲルハルト・リヒター、ロバート・ライマン、リチャード・セラなど、それぞれが独立した展示空間に、作家の意向に忠実なかたちで展示されている。
マイケル・ハイザーの作品などは、コンクリートの床に深さ5~6メーターの穴(鉄板で囲われた)が、円錐形或いは角柱形に四ヶ所掘り抜かれたものであり、穴の縁から中を覗き込もうとすると、その緊張感に恐怖感すら感じる作品である。またリチャード・セラの作品も、厚さ7~8cmのコールテン鋼を歪んだ円柱状に曲げ、部屋全体に四点配置させ、これら四作品はそれぞれが形の異なるものであり、決して展示空間全体を一望することの出来ない巨大さで、その鉄壁は、内部もしくは脇を通り抜けようとする時、強烈な存在感で我々ギャラリーに迫ってくるのだ。これら従来のスケールを超えたミニマルなインスタレーションは、物質もしくは空間と人間の関係性を、より明快に突きつけた作品であり、60~70年代のアーティスト達が芸術表現に対し如何に貪欲であったか、その上質な作品群から理解することが出来るだろう。
この美術館は、1929年に建てられたビスケット会社ナビスコの工場を改修したものである。改修にあたってはアーティストのロバート・アーウィンと建築事務所オープン・オフィスが共同設計。アーウィンは数年かけ既存の状況を現場で把握しながら、周辺の地形や環境的特徴をリサーチし、改修の成果を高めたとされる。例えば既存工場の特質である採光を、より展示空間に活用できるよう日光の反射量を高める工夫を施し、採光量を上げることで展示空間全体をほぼ自然採光だけでまかなうなど、従来の人工的美術空間とは異なる手法で、個々のアート作品の特徴を生かすための理想的環境を造り上げている。
僕が最も美しいと感じたディテールが、建物外壁の開口部である。外壁部ガラスは既存の格子フレームを使いながらも、ガラスは新たに入れ替えられ、曇りガラスのフレームの中にところどころ透明のガラスを収めているのだ。これは外の風景を内部に持ち込みつつ、しかし内部の展示空間には影響を与えない配慮からであろう。常に会場の展示空間には柔らかな自然光が取り込まれ、われわれもリラックスしながら思い思いの作品と対峙し、ギャラリー自信が作品、空間の一部と化していた。
ディア・ビーコンのもう一つの目玉である地下展示室には、ブルース・ナウマンの初期からのインスタレーションが展示されている。ナウマンの作品はパリの回顧展も含め、これまで数多く見てきているのだが、今回70年代のインスタレーションに出会えたことは感動的であり、地下展示スペースに展開するナウマンの身体を意識化させる表現世界は、地下空間の沈黙と荒々しさをたくみに使い、ナウマン未だ健在であることを静かに語りかけていた。
昨今の写真・映像を中心とした安上がりな展覧会や、集客のためのエンターテイメントと化した国内の美術館企画からすると、ディア・ビーコンのコンセプトは対極的なものである。表現スケールの大きさから鑑賞の機会が限定されるものや、移動困難な表現形態、またその場の環境で成立する表現など、わがまま且つ、リスクの大きな作品群を展示コレクションしているのが、この新たな現代美術館「ディア・ビーコン」と言えよう。かつて磯崎新氏が提示した今後の美術館概念として、「第三世代美術館」というのがある。第一世代とは、王侯貴族が植民地から集めたコレクションを、18世紀末頃から一般市民に公開することを目的とした美術館。第二世代とは、移動可能な美術品を掛け替えていく、展示機能空間としての美術館。そして第三世代の美術館とは、作品の場所性・固有性を回復する、建築或いは環境と一体化した美術館である。
世界最大級の現代美術館「ディア・ビーコン」とはコンセプトの上からも、まさに「第三世代美術館」を実現化したもので、この活動の背後に見え隠れするアメリカという国の思いには、飽くなき芸術・文化に対する創造と欲望の深さ・したたかさを感じるのである。
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