土屋公雄のブログ

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発電所美術館
僕の好きな美術館に発電所美術館がある。
それは、日本海に面した富山県入善町にある下山芸術の森・発電所美術館。
発電所美術館といえば、2000年にオープンしたロンドンのテート・モダンとなるのだろうが、入善の発電所美術館は、それより5年早く、1995年春にオープンしているのである。
かつては3基の発電用タービンを備えた水力発電所であったが、時代と共に老朽化、すぐ隣に効率の良い発電所が新設されたことで、大正14年より稼働してきたタービンは、その役目を終え、建物は現在の美術館へと生まれ変わり、新たなる価値を与えられたのだ。美術館の外観は風情あるレンガ造り、内観は一部展示ギャラリー用に改装はされたものの、3基あった発電機の内、1基はそのままの状態で残し、側面の壁には直径3メーターの赤錆びた導水間の穴が2個、当時の発電所の姿をそのままに残している。

すでに国内には千以上の美術館が存在し、中には古民家や銀行など、歴史的な建築物を改装し、アートセンターやギャラリーにする動きも見られるようになってはきたが、この発電所美術館は、そのどこにも属さないオンリーワンと言える空間だ。とにかく僕も初めてこの内部空間に出会ったときは、鳥肌が立ったことを覚えている。

発電所美術館より個展の依頼を受け訪れたのは2002年の春。
天井の高さや、空間のスケールに関しては、僕もこれまで様々な空間で展示経験をしているので、さほど驚きはしないのだが、この生々しい水力発電所という、かつての機能の残る野性的空間は、ニュートラルでホワイトキューブな空間と異なり、空間の特性や歴史、また時間性といった、いろいろな要素を読み込みながら、それでいて空間に飲み込まれない、確固とした対決姿勢と連続性が必要で、いざこの空間で作品を成立させる為には、今までにない覚悟と緊張感で立ち向かはないことには、どうにも僕など潰されてしまうのではと思ったほどだ。
ただ、現代美術を扱う美術館の魅力とは、決してその空間性だけにあるのではない。当然その美術館の企画にあり、企画をクリエートする学芸員にあるのである。従って学芸員の条件とは、作家と同じように創造力のある人物でなければならない。特に現代美術の場合、その表現は未知の領域であり、制作行為は実験行為と言い換えても過言ではないのだから。

本来、現代美術の支持基盤の薄い地方・入善町下山にあって、開館以来十年以上、よくぞこの地でコンテンポラリーを正面に据えながら信念を譲らず、数々の企画を展開してきた学芸員の長縄宣氏には、敬服せざるを得ない。彼がこれまで企画してきた展覧会には、篠田守男・靉嘔・眞板雅文・斉藤義重・山口勝弘・戸谷成雄・遠藤利克・青木野枝、近年では内藤礼といった先鋭的な面々である。もちろんこれらの企画を実現する上で、彼を支える地元知識人の存在も大きいだろう。ただ僕は、彼との展覧会打ち合わせの際感じたことだが、彼には展覧会を企画する上でのキュレーターとしての責任と誇り、そして、何にもまして作家と共にアートを想像しようとする感性を持っていることであった。
以前、南フランスの美術館で経験したことだが、僕がいくつかのプロジェクト・アイデアを提示する中で、その美術館のキュレーターは次のように言ったのだ。「君がやりたい事は、すべて可能だ。・・・・・もちろん、無理はダメだが融通はいくらでもつける。だから君の作りたいものを作ってくれ。僕も君の作りたいものが見たいのだ。君をこの展覧会に選んだ時点で、すでに僕には覚悟が出来ているのだから・・・・・。」
作家とは本来、思考していることを顕在化したいのである。頭の中に渦巻く混沌を、まず目に見える形とし、確認したいのである。まさにこの事は、イメージの中で完成されたものを具現化するのではなく、具現化する行為そのものが実験としての作品制作なのである。
僕の発電所におけるアイデアは、これまで幾度なく国内の美術館で却下されてきたものであり、長縄さんとの打ち合わせの際も、僕はダメ元で、恐る恐る提示したものであった。それは、膨大な量の廃材や家具・日用品を、家型に集積し空中に吊るすもので、ここだけの話し、当時僕自身も、果たしてそのアイデアが実現可能かどうか半信半疑であった。
しかし彼は、そのアイデア模型を覗き込みながら二つ返事で、「土屋さんがやりたいのならやりましょう。ここの空間ならこのアイデアは可能であり、僕もぜひ見てみたい。」と、快く受け入れてくれたのである。
後にも先にも「土屋公雄展 記憶の家/覚醒する時間」は、発電所美術館以外では成立しない展覧会となった。命綱をつけ、高さ10メーターの足場上での作業は、鉄骨1トン、さらに重さ50~100kgの家具を約150個、ロープで吊るすという危険なもので、長縄さんを始めとし、地元ボランティアの清河さんやアシスタントの皆さんには命を張って頂いた。今となって思えば、夢のような実験であり、二度と出来ない、否、したくないプロジェクトであった。

しかしこの発電所美術館とは、何とも不思議な魔力を持つ空間である。作家がこの特異な空間に立つと、潜在的な意識が顕在化するのか、何か特別な力を与えられるようで、2006年「遠藤利克展 振動」も、この空間ならではの、画期的で衝撃的なものであり、僕がこれまで見てきた遠藤さんの作品の中でも、最上級の内容であった。もちろん他の展覧会でも、この特異な場に触発され、数々の力作・傑作が生まれている。

僕の好きな美術館として、この下山芸術の森・発電所美術館は、日本において少数ではあるが、無国籍で創造性・可能性の孵化場となる空間であり、今後も存続し、他のエスタブリッシュした美術館にはできない、新たなる実験の場として活動・展開されることを心より願っている。


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Date : 2008.02.13 Wed 08:24  未分類| コメント(-)|トラックバック(-)
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