土屋公雄のブログ

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冬の薔薇
アトリエの庭に、薔薇が一輪咲いている。
年も暮れようとするこの時期に、真っ赤な薔薇が一輪、凍てつく大気の中に凛然と咲く、なんと見事な様か。今更ながら薔薇の持つ、魔力めいた底知れぬ生命力に感動させられる。花弁からは馨しき香りを発し、色彩にも凝縮された深みがある。
本来ならば、初夏の日差しの中で生き生きと咲く薔薇に心奪われるのであろうが、この厳しい冬をなお懸命に咲き続けるその姿には、何ともいとおしく、高貴な孤独を感じざるを得ない。
かつて見た映画、否かつて読んだ本に書かれていたのか、冬の薔薇には「真実の約束が得られる」との花言葉が記憶に残る。今となって思えば、この冬の寒さに耐え、「枯」にも隣接しながら咲き続ける為には、裏切りのない意志がなければ成立しないことである。

歳を重ねて思うことだが、冬の薔薇には、老いてゆく最後の美が隠されているようだ。そして、その美の中には、命の重さが詰まっている。美に対する意識とは、単に姿かたちが美であり美しいということではなく、姿かたちが生命と一体となることで存在し歓喜する感情がある。今僕が、これほど一輪の冬薔薇と感応できるのは、きっとこの薔薇の内に、命のぬくもりを感じているからに違いない。
人間とは、死ぬまで生きることを求めてゆくものであり、病んだ中でも老いた中でも、命の意味の探求は継続されてゆくものだ。人間はどんなに傷ついても、人間が人間である限り人間は感応するものである。そして人間は、誰もが命のぬくもりを求めているのだ。

「ぬくもり」。・・・・・「ぬくもり」とは大和言葉であろうか、なんとも美しく生命的な言葉である。      ・・・・・年の暮れ、僕は庭に咲く一輪の冬薔薇を見ながら、命のぬくもりを感じていた。


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Date : 2007.12.29 Sat 08:39  未分類| コメント(0)|トラックバック(0)
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